テレビ局の主張

テレビ局に勤めている知人に、夕方6時台とか午前10時台にどうしてあんなにくそつまらない番組を垂れ流すのかと聞くと、誰に聞いても決まって同じ答えが返ってくる。
「視聴者が求めているから


私は、同じ答えを堂々とはく職業をもうひとつ知っている。

覚せい剤の売人だ。


テレビ局に勤めている知人にその類似性を指摘したことはないけれど、多分指摘すると、法律に適合しているかどうかみたいなくそつまらない違いを返してくると思うけど、だったら、女衒でもいい。いずれにしても、仕事の問題点を指摘されたときに、ニーズがあるから、というような回答しかできないような仕事をしている場合には、実際には求められていない仕事か、快楽のみを満足させる仕事をしていると思ったほうがいい。売人、女衒、高利賀し、賭場、テレビ局。テレビ局だけ違法とならないのはなぜか。多分、表現の自由とやらが一人歩きしてしまって、表現行為や表現の受領行為が、弩級の快楽である事実から目を背けているからだろう。


薬物作用や性欲や食欲や、ギャンブルの高揚感と同じように、テレビの刺激は、脳の快楽をつかさどる部分を刺激すると思う。コンビニの弁当を久々に食うと舌がひりひりするように、テレビをしばらくぶりに見ると、釘付けになってやめられなくなる。


テレビ局が、「視聴者が求めているから」という理由だけで、「知る権利に奉仕するから」とかいうお題目だけで、見た人にどういう影響を与えるか全く関心を抱いていないような番組を垂れ流している場合には、売人と同じものとして扱ったほうがいい。せっかく聖者にもなれる立場にいるのに、あえて罪人に堕しているのだから、実は売人以上に罪深い。



ではまた。