自転車と因果の文章

半年前に自転車を手に入れてから、都内であれば、6割くらい自転車で移動している。
昨日は根津から青山、六本木、丸の内と自転車で移動した。かなり疲れた。六本木の坂が辛かった。



今朝は、ずいぶんとあったかいな、早くも春が訪れたかな、と思ったら、昨晩から暖房をつけっぱなしだった。



今朝はどうも頭が重い。
原因は、自転車と暖房のどちらにあるのだろう。




おっと。
頭痛の原因を何かしらに求めている時点で、まだ人生に因果関係を求めているな。


頭痛の原因はどこかにあるのではなくて、あるのはただ頭痛という現象に過ぎません。
仏教では因果こそが全てという教えもありますが、
「人生に因果関係はなく、ただ因果で説明できるだけだ」
というのが、最近の私のテーマです。


けど、このテーマも単に自分の頭で考えた観念上のテーマ。「頭ではなく、腑に落とす」というのも長年のテーマだけど、このテーマも、なかなかものにならんね。テーマとして設定している時点で、このテーマを実現できていないわけで、ずいぶんとメタ的ですな。


私は昔、ネガティブスパイラルという言葉を発明して悦に入っていました。「メタ的」で思い出しました。ちなみに内容は、ネガティブに考える自分をネガティブに考えるというスパイラルです。



うーむ。文章だけ見るとどうも陰気くさいが、今日の自分はむしろ穏やかな気持ち。
穏やかと陰気は似ているのかな。それともまだ文章力が気持ちを出せるほどではないのかな。はたまた、実は文章こそが私の気持ちで、自分では気づいていないけれども心は落ち窪みつつあるのか。


面白いものです。文章にすることで、自分の気持ちの覆いがはずされるのか、それとも文章を書きながら気持ちに変化が生じたのか。


ふむ。午前中から、どうも観念的な文章だ。具体的な人生と具体的な感情が必要だな。今日は具体的に生きよう。
クリスマスのことを考えて、クリスマスケーキを食べるのではなく、クリスマスケーキを食べてクリスマスのことを考えよう。



図らずも一つの日記に仏教とクリスマスが出てきて、日本的な日記になったところで、
ではまた。